セルフイメージ

来世なんて無いと思って今を我慢して生きるのではなく来世で送りたい人生を今世で生きよう

来世のために我慢して生きるのは、来世の自分にとってかなり失礼な行為だと思っています。

そうじゃなく、来世で送りたいと思っている人生を「今から」生きたら良くないですか?

そんなお話です。

来世なんてないと思って生きてみませんか?

今世は来世のための人生だから……。

それを言い訳に逃げ腰の人生を送ることはすごくもったいないことだと思うんですよね。

だって、来世が本当にあるかなんて分からないことだし、来世の自分が今世の自分のバトンを受け取るとしたら、人生楽しんで終えてて欲しいじゃないですか。

「俺/私は来世のあなたのために、こんなに我慢して生きてきたんだから、よろしくね」

なんて落武者のような表情でバトンを渡されたとしたら、重めぇぇよ!というかダルいわ!と僕は思ってしまいます。

そして「落武者のような生き方をしていた前世のせいで……」と逃げ腰になりそうなので、落武者の魂がこびりついていると、シンプルに嫌ですね。

んでもって「いや、何やってんだよ!何で人生楽しまなかったんだよ!その言い訳ウザいから!」とも思ってしまいそうです。

今の人生は一度きりしか無いし、残りの人生があと何十年、何年、何ヶ月、何日、何時間、何分あるかなんて誰にも分からないものです。

それを来世のために捧げるのって何も大切にできていない気がします。

少なくとも僕は、何も大切にできない魂を受け継ぐのは嫌!だったら来世いらない!

今世をドブに捨てるような生き方をしたくない

人生泣いても笑っても一度きり。

今の人生の条件をそのままそっくり来世に持ち込むことはできないし「来世の自分にも味わわせてあげたいからここだけセーブしておいてあげようかな♪」なんてRPGゲームのようなことはできませんよね。

というか大きなお世話!

今世が終われば灰となり空気となり跡形もなく消えていくだけです。

僕自身、もし来世があるのなら今世は来世のために徳を積んで、今世は来世のための踏み台にするのもいいかもなと考えたことがありますが、その考えは0.8秒くらいで消滅しました。

「いやいや、今世をドブに捨てるような生き方をしたくないんですけど」

と、今世を楽しみたいという考えが圧倒的に勝利しました。

というか、そもそも論なのですが、今世を目一杯生きることが出来ない人が、もし来世があったとしても今世より良い人生になる気がしない。

魂が生き残り続けると考えるなら、今世の生き方も継承されると考えるのが普通じゃないですか!

確かにね、僕の今世はヒゲが濃いし身長も低いから来世こそツルツルたまご肌で身長180cm以上あったらいいなという想いは実現できるかもしれない。

でも、考え方や価値観は受け継がれるものだと思うのです。もし来世があるなら。

来世で笑っていられるように今を目一杯笑おう

もし、今の人生で生きがいや楽しいこと、面白いことがなかなか見つからないと悩んでいたとしたら、これは悲報になるかもしれません。

生きがい、楽しいこと、面白いことって自然に湧いて出てくるものではないし、誰かがくれるものでもありません。もちろん天から降ってくるものでもありません。

前世が何かのヒントになる可能性はありますが、ヒントをもとに自分で気づく必要があります。

生きがい、楽しいこと、面白いことって自発的で主体性のあるものなんです。

まるでレンガを積んで家を建てるように自分で積み上げていくものなんですね。

レンガを積む過程の中で自分で生きがい、楽しいこと、面白いことを少しずつ見つけていくのです。

自分の目をぱっと見開いて、心を開いて、自分の足で立ち、自分の手で今の人生を生きていく。そして、より良い明日を築いていくんです。

その繰り返しの中で生きがい、楽しいこと、面白いことを見付けていくんですよ。

生きがい、楽しいこと、面白いことは、誰かが口の中まで運んでくれるものではなく自分で掴んでいくものなんですね。

何のために生きているのか分からなくなることがあったりするかもしれませんが、生きる目的は誰かがくれたり誰かが決めるものではありません。

なぜなら、何のために生きるのか、何をやりがいとするのか、楽しいことは何で、面白いことな何かというのは、自分で選んで決めるものだからです。

それは最初から分かっていることはほとんどなく、自分の感性という名の風呂敷を大きく広げて何かをやりながら選択肢が見えてくるものです。

まとめ

自分の人生に残された時間はどれくらいあるでしょうか?

あと何年?あと何ヶ月?あと何日?あと何時間?

それは誰にも分からないものです。

今をしっかり生きれない人に特別な来世が手に入るなんて都合のいい話はありません。

もし来世があるとするなら、来世の自分が喜んで受け取りたい今世を生きること。バトンを渡すのですから。

今世の生きる目的を見失って今という時間をドブに捨てるような生き方をしている人生を受け取りたいと思わないですよね。

良い来世を送るために我慢するのではなく、今をしっかり生きるんだ。